今月の掲示板の言葉

掲示板の言葉を変更しました。

いつもとは少しテイストの違う言葉。
漫画『ミステリと言う勿れ』1巻より頂きました。
ドラマ化もした本作。巻き込まれ系の主人公がとうとうと語り、関わった事件の謎や人の心を解きほどいていくというのが大まかな流れ。
物事には色んな見方がある。仏教でも大切なことですが、そういったことを考えさせられる場面が局所に見られる本作品。
以下は「子供が生まれて妻が変わった。自分なりに子育てを手伝っているのに」と相談する刑事に対しての主人公の返答。

メジャーリーガーや監督は時々試合を休むんですよ。
奥さんの出産は勿論、お子さんの入学式や卒業式、家族のイベントで休むんです。

彼らは立ち会いたいんです。
一生に一度の子供の成長の記念日に行かずにはいられるかって感じで、行きたくて行くんです


でもその試合を中継してる日本のアナウンサーや解説者がそれについてなんて言うかというと、

「ああ 奥さんが怖いんでしょうねえ。。。」

彼らにはメジャーリーガーが行きたくて行っていることが理解できない。
なぜなら、自分はそう思ったことがないから。
ムリヤリ行かされていると考える。
大切な仕事を休んでまでと。


メジャーリーガーは子供の成長に立ち会うことを父親の権利だと思い、日本側の解説者たちは義務だと思っている。


そこには天と地ほどの差があるんですよ。


なるほどなあと。
私も子供の休みの日は遊んでやらなければなと考えますが、「やらなければ」と言っている時点でどこか義務的な気持ちが働いているのかもしれません。
「家族サービス」という言葉もありますが、この言葉も「してあげている」という意識が透けてくるような気が。
本当は子供の今だけしかない時間を共有させてもらっている。その権利を頂いているのかなと。

もちろん家庭の事情は様々です。
実際殆ど母親しか子供をみることの出来ないご家庭もあります(※その逆の場合も)。
命を預かっていますから、片方ばかりに負担がかかるとプレッシャーに押しつぶされます。
周囲の人間の、共に関わろうという意識が大切なのかと。
限られた時間しか関われない。だからこそ、その時間はかけがえのない権利であり頂きものなのかと。

仏事も時に義務のような受け止め方をされるので、通じるものがあるかと。
こちらも私を見つめ直させていただくご法縁、亡き人からの頂き物と聞かせていただいています。

文字にすると中々に偉そうな文章になりましたが、私も出来ていませんので完全に持戒の言葉です。
そんなことに気づかせていただいた言葉でした。
南無阿弥陀仏

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