お参り先の小学生の女の子からの質問。中々、大人からは出ない直球で本質的な質問。ドキッとしましたが大切なことだと思います。
 この時は「お経でそのように伝えられているよ」や「浄土真宗ではお浄土という場所に往くと説かれていてね」などと答えたように思います。しかしながら、その純粋な疑問にきちんと答えられたのかモヤモヤしましたので、本コーナーで取り上げさせていただきました。
 
 まず「天国」や「地獄」ですが、確かに仏教は輪廻(りんね)という生まれ変わり死に変わりの思想の中で、その世界を説きます。ただし仏教の説く「天国」は、苦しみある世界という意味では「地獄」と変わりのない世界です。豊かで恵まれているからこその苦しみ、それを維持したくても維持できない苦しみがあると説かれます。
 ですから仏教の目的は、「天国」の様な環境に行くことではなく、苦しみの元である執着(仏教では煩悩と言います)から解き放たれた存在。つまり「仏(ほとけ)」に成ることにあります。このあたりのことは別コーナーの『住職さんに聞くゾウ!』で、もう少し詳しく触れています。
 「仏」とは別に死者を意味する言葉ではありません。本来「仏」とは「法」という真理に目覚め、苦しみのもとである執着から離れた者を指します。だからこそ、仏教の開祖であるお釈迦さまも、生前から「目覚めた者」を意味する「ブッダ(仏陀)」、つまり「ほとけ」と称されていました。
 しかしながら、生きている間に煩悩を滅する修行を行える環境にない、或いは修行しても煩悩を滅することが出来ない。そういった私が、命終えた後、阿弥陀さまという仏さまの働きかけ(南無阿弥陀仏)によってお浄土に生まれ「仏」という存在に成らせていただく。それが浄土真宗の教えの根幹かなと思います。

 ですから質問には「お浄土という場所に生まれて仏に成らせてもらうんだよ」と答えるのですが、聞きたいことに答えられているのかどうか(~_~;)
 おそらく「死後の世界はあるの?」という趣旨も含まれているかと思うのですが、これは完全に私の能力を超えた問題なので、私に証明出来るようなものではありません。そう祖師の方々から伝え聞いていると。自力では「仏」に成りようがない私が、「仏」に成らせていただく道であると受け止めさせていただくことしか出来ないのかなと思います。
 ただ様々な執着から離れ、ものごとをありのままに平等に見る「仏」という存在。そういったものを、僧侶でも一般の人でも問わず、皆で等しく目標・指針とできる環境・場所がある。そのこと自体が何よりの一つのご利益なのかなと、今の私は感じています。

ん~、答えられているか怪しい。。。
また年を重ねたら違う答え方をしている気がします。一生の課題だと思います。

住職

ポイント
・「天国」や「地獄」は仏典で説かれていますが、仏教の目的とする場所ではありません。
・浄土真宗は「浄土」に生まれ仏に成らせていただく教えです。

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