常高寺山門横にある掲示板のことばです。お寺に寄られた際はのぞいてみてください!

現在の掲示板

<法語解説>
 原文は「Today is the first day of the rest of your life」。映画「アメリカン・ビューティー」のセリフにも使われた、有名な格言です。
 仏教には「諸行無常(しょぎょうむじょう)」という教えがあります。「この世に生まれたものは、どんなものであっても時間と共に移り変わり、その形を滅していく」という意味です。
 私たちは人として生を受けたからには必ず時間と共に年を重ねます。時には病気や事故など様々な影響もあり、どんな立場の人であっても必ず、人として「死」という形を迎えます。昨日から続くこの私の「命」が、明日も続く保証はどこにもありません。一見当たり前のこと。しかしこの一見当たり前のことを見失いがち、目を背けがちになるのが私たち人間なのかなと思います。
 お寺という空間や様々な仏事は、亡き人を偲ぶご縁ともなりますが、この「私は必ず死ぬ」という事実に目を向けさせていただく、ご法縁でもあります。
 一日一日を大切に。大切な事を気づかせてくれる言葉かなと思います。

過去の掲示板

12月の掲示板(令和3年)
「仏さまならどう考えるだろう」
 日々、お育てのど真ん中にある私

<法語解説>
 仏教は「わたし」が「仏(ほとけ)」に成ることを目標とした教えです。
 仏さまとは、移り行く世界の中で「永遠に続くものはない」「絶対的な正しさはない」とものごとをありのままに捉え、自らに固執する思いから離れた方です。
 言うのは簡単ですが、とても難しい。必ずどこか自分を基準に考えてしまう「わたし」がいます。 
 それでもほんの少しでもいいので、「仏さまはこんな時どうするだろう?」「仏さまならどう考えるだろう?」と日々の生活を見つめさせていただく。親の背中を見て子供が育つように、仏さまの教えを指針として、自らを見つめなおし、時に自身の正しさを疑う。そうして人の考えを受け入れ尊重する心の下地が育てられていく。仏さまの教えと共に生きる上での大切なご利益(りやく)かなと思います。

 そしてそうすると仏さまとは程遠い、「私に固執する思い、私が正しいとする思い」から決して離れることが出来ない「わたし」が浮き彫りとなる。そういった「わたし」が、救いの目当てのど真ん中に置かれた教えが浄土真宗であり、「南無阿弥陀仏」というお念仏の教えだと思います。


10~11月の掲示板(令和3年)
「我慢とは私の方が正しいとする慢心」

<法語解説>
 「我慢」というと私たちの視点からみれば一見美徳に思えます。しかしながら、仏さまの視点からみると「私の方が正しい、相手が間違っている」という、自身の思いに固執して相手を下に見る心の表れとされます。
 私が「我慢」している時は、相手も「我慢」しているかもしれません。「あ、今我慢しているな」と思ったら、一度落ち着いて自身の言動や周囲の状況を見つめなおしてみるのもいいかもしれません。


8~9月の掲示板(令和3年)
「いろいろな苦しみが生じる原因は、ありのままの現実を受け止められない私にある」


5~6月の掲示板(令和3年)
「つながりの中にある 私の人生」


3~4月の掲示板(令和3年)
「他人とくらべず あせらず あきらめず」


2月の掲示板(令和3年)
「相手を鬼と見る人は 自分もまた鬼である」


1月の掲示板(令和3年)
「毎日があけましておめでとう」