
きくおうさん
【前話のまとめ】
○前回のテーマ
第十六話「お釈迦さま入滅後、仏教はどうなったんだゾウ?(大乗の経典と思想の展開編①)」
注目ワード 「インド仏教」「大乗経典」「般若経」「維摩経」「浄土経」「華厳経」「法華経」「龍樹」「空」「不二法門」「六波羅蜜」「三乗方便一乗真実」「久遠実成の釈迦牟尼仏」

「大乗仏教」のお経って、いったいどんなものがあるの???

紀元前後頃に出現してきたとされる「大乗経典」には、その成立年代に応じて、一般的に初期・中期・後期に分類されていてね。
経典に「○○年に成立」と説かれているわけではないから、おそらくそうなのではという便宜的な区分ではあるけど。。。

お経に書いてないなら、どうやって成立年代が分かるの?

基本的には、お経が中国に渡る際の翻訳者とその年代が基準となっているみたいだね。
例えば、3世紀頃までに漢訳された大乗経典は、その時、既にあったことが証明されるので初期に分類される、みたいなね。
あとは、そこにインド仏教の二大思想家であるナーガルジュナ(龍樹、2~3世紀頃活躍)やヴァスバンドゥ(天親、4~5世紀頃活躍)の活躍したであろう年代の情報も加味されてね。
前者の思想に影響を与えたであろう経典は初期(紀元前後~3世紀頃)、後者に影響を与えたであろう経典は中期(3世紀~5世紀終わり頃)、それ以降の経典を後期と、一応の分類がされているんだ。
以下に有名なものを挙げてみるよ。
<初期>(紀元前後~3世紀頃)
『般若経典(はんにゃきょうてん)』
『浄土経典(じょうどきょうてん)』
『法華経典(ほっけきょうてん)』
『華厳経典(けごんきょうてん)』
『維摩経(ゆいまきょう)』
『宝積部経典(ほうしゃくぶきょうてん)』
『三昧経典(さんまいきょうてん)』
『阿闍世王経(あじゃせおうきょう)』
<中期>(3世紀~6世紀頃)
『如来蔵経典』
『唯識経典』
『大集経』
<後期>(7世紀~1200年頃)
『密教経典』
『大日経』
『金剛頂経』
『理趣経』

なるほど。。。
成立した年代ははっきりとは分からないんだね。
それにしても沢山のお経があるゾウ!
どんなことが説かれているの

では、まず初期のものと考えられる大乗経典(紀元前後~3世紀頃)から。

これらを語る上で、まず欠かせないのは『般若経典』だね。
般若経典といっても、そういった一つのお経があるわけではなくて、色んな般若経典、例えば『八千頌般若経』や『金剛般若経』、『般若心経』もそうだね。そういった数ある般若経典群を総称してそう呼んでいるんだ。
『般若経典』の正式名称は『般若波羅蜜多経(はんにゃはらみったきょう)』でサンスクリット語の「プラジュニャー・パーラミター」からきた名前だね。意味は「智慧の完成」。だから『般若経典』は「智慧のお経」というわけなんだ。

思い出した!
『般若心経』とか「空(くう)」の思想を説くお経だね(※第六話「空ってなんだゾウ?(前編)」)。
<空>
「全てのものは因縁によって仮に和合して存在しているのだから、不変の実体、本体の様なものは、なにものにも存在しない。」

そう。それは全ての大乗経典の基盤となる思想だね。
インド仏教の大思想家、ナーガルジュナ(龍樹、2~3世紀頃活躍)は、この般若経典から「空」の思想を取り上げ、確立・大成したんだ。

浄土真宗にとっても、とても重要な人だよね。
正信偈(浄土真宗の聖典)にも出てくるし!


そうそう。
七高僧(親鸞聖人が浄土真宗の祖師として敬った七人の高僧)の最初の一人として、お寺にも大切にそのお軸が飾られているよね。
あとは、「六波羅蜜(ろっぱらみつ)」という大乗の菩薩の修行法が説かれている点でも重要なお経だね。
<六波羅蜜>
①布施波羅蜜(ふせはらみつ)
施しをすること
②持戒波羅蜜(じかいはらみつ)
戒律を守ること
③忍辱波羅蜜(にんにくはらみつ)
耐え忍ぶこと
④精進波羅蜜(しょうじんはらみつ)
すすんで努力する事
⑤禅定波羅蜜(ぜんじょうはらみつ)
精神を統一し、安定させること
⑥智慧波羅蜜(ちえはらみつ)
完成された智慧を得ること

思想と行の両方から見ても、とっても重要なお経なんだね。
他にはどんなお経があるの???

「空」の思想をテーマとしたお経としては、他に『維摩経(ゆいまきょう)』というお経も有名だね。
維摩結(ゆいまきつ)、原名はヴィマラキールティという在家者が主人公のお話でね。
病にかかり見舞いにきてくれた、舎利弗(しゃりほつ)や目連(もくれん)などの仏弟子、果ては文殊菩薩などの大菩薩の質問に対して「不二の法門」という「空」の思想を説き、感服を受けたというんだ。
<不二法門>
善悪、生滅、正邪、苦楽など、一見相反、対立して見えるものは、空の観点から見れば本来二つに分かたれるものではない。
どちらかに偏った見方は苦しみの元だから離れるべきとする教え。

お坊さんじゃなくて、在家(一般信者)の人が、教えを説いたの?
しかも、菩薩さまにまで!!

うん。その問答の中で、「言葉による表現を離れることが不二なのではないか」と文殊菩薩は仰るんだけどね。
それに維摩結はただ沈黙(言葉を離れることを沈黙で表現)を返して「不二の法門」を示したんだ。
「維摩の一黙」という有名なエピソードなんだよ。
「在家者」の仏道に重きを置く、大乗仏教ならではの面白いお経だよね。

また、『浄土経典』系も初期の代表的な大乗経典だね。
私たち浄土真宗や浄土宗の所依の経典である『仏説無量寿経(ぶっせつむりょうじゅきょう)』や『仏説阿弥陀経(ぶっせつあみだきょう)』も、このグループに当てはまるんだ。(※原題は『スカーヴァティー・ビューハ』。意味は「安楽国の荘厳」)
阿弥陀仏や阿閦仏(あしゅくぶつ)、薬師仏(やくしぶつ)などのお釈迦さま以外の「仏」の存在。そしてその仏国土(浄土)が説かれる、他経典とは少し趣が異なる経典だね。
修行する環境にない在家の者、あるいは修行しても煩悩から離れることが出来ない者。つまり「仏」に成る可能性を閉ざされた者が、そのお浄土に往き生まれることによって「仏」の道を歩むことが出来る。それが浄土経典に説かれる何よりの特色なんだ。
また浄土真宗のお話しをする時にも詳しく触れるよ。

ぼくたちにとって、とっても大切なお経だね!
また絶対聞かせてね!!

うん、分かったよ。

他にも、『華厳経(けごんきょう)』というお経があってね。
中国ではこの経典に基づく「華厳宗」という宗派も作られたぐらい、後世に影響力を残したお経なんだ。
内容の特徴としては、大乗仏教の菩薩の修行の段階が順次に説かれていること。
特に「十地品」という章には、第一歓喜地から第十法雲地にいたる十地の階位が丁寧に説かれていて、後の大乗仏教の教理に多大な影響を残しているんだ。
他にも「入法界品」には善財童子という青年が、菩薩行の在り方を求める遍歴がドラマ仕立てで語られていてね。
五十三人の善知識(ぜんじしき。悟りに導く善き友)に導かれて、真の菩薩行を完成させるんだ。
こちらも後世の思想に多大な影響を残していると考えられているよ。
ちなみに、東海道五十三次の五十三の数字は、この善知識の数からきているらしいよ。

菩薩の行について、とても大切なことが説かれているお経なんだね。
東海道五十三次のことも知らなかったゾウ!!

あとは、『法華経典』もこの時代の大乗経典を語る上では欠かせないお経だね。
日本では、特に天台宗や日蓮宗で重んじられているお経なんだ。
原題は『サッダルマ・プンダリーカ・スートラ』。訳すと「白蓮華のように優れた正しい法の経」。中国では「妙法蓮華経」とも訳されているね。

「妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)」って、もしかして「南無妙法蓮華経(なむほうれんげきょう)」と関係が???

そうそう。
特に日蓮宗で大切に唱えられている題目だね。
この経典の特徴としては、「三乗方便 一乗真実(さんじょうほうべん いちじょうしんじつ)」の教えが説かれていることが挙げられていてね。

「三乗方便 一乗真実」???
「三乗」は確か「声聞・縁覚・菩薩(しょうもん・えんがく・ぼさつ)」のことだったよね?(※第十四話「お釈迦さま入滅後、仏教はどうなったんだゾウ?(僧団分裂~大乗仏教興隆編)」参照)

そう。それは本来、大乗仏教側(菩薩)から部派仏教(声聞・縁覚)への痛烈な批判だったわけだけど、『法華経』はその思想を発展させてね。
「声聞乗・縁覚乗・菩薩乗」という三種の求道の道は、人々の性質や能力に応じて区別して説かれた道、相手の資質を調えるための方便の道であって、全ての仏は本来、「全ての者が等しく仏の悟りを得られること(「一仏乗」)」を目的として現れたのだと説かれるんだ。
※火宅と三車の譬えする?

それまであった「三乗」の道は、教えを説く相手に合わせて成長のため説かれたもので、その全ては本来「仏」に成ることを目的としていたってことかな??

そう。当時の仏教界の論争に対する『法華経』の一つの回答だね。
またこの経典は、お釈迦さまの永遠性という部分にも大きく言及したものでね。
それを「久遠実成の釈迦牟尼仏(くおんじつじょうのしゃかむにぶつ)」と言うんだ。

釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)はお釈迦さまの事だよね。
「久遠実成(くおんじつじょう)」って何???

「久遠実成」というのは「遙か遠い過去から仏に成っていた」ということ。
歴史的には、お釈迦さまは35歳で悟りを得て80歳で入滅したとお話ししたよね?

うん?
ブッダガヤでの瞑想の後、悟ったんだよね。

そのことについて『法華経』は次のように説くんだ。
<久遠実成の釈迦牟尼仏>
・実はお釈迦さまは遙か遠い過去に既に仏に成っていて、量りしれない時間、あらゆる人々を教化している。
・人としてのお釈迦さまは「仮の姿」。本身は永遠常住であって、遙か過去から現在、未来に至るまで、一切の人々の救済のため働きかけている。
・お釈迦さまとして生まれ、80歳であえて入滅したのは、いつも仏がいると思うと怠慢の心が生まれ、仏道に励む精神が損なわれるから。

お釈迦さまって、そんなに昔からいたの?
仮の姿ってどういうことだゾウ??

うん、お釈迦さまの姿とその本質に関する問題だね。
少し聞くけど、お釈迦さまがいた時代は、皆の関心事は教えを説くお釈迦さま自身にあったと思うよね。

うん?それはそうだと思うゾウ?
教えの先生が目の前にいて、その先生を見本にするのは当たり前だゾウ。

でも、お釈迦さまがいなくなった後は、そうはいかない。
仏を目指すにも、その完成形であるお釈迦さまがいない。
そこで残された人の関心事は、お釈迦さまをお釈迦さま足らしめたものは何なのかという点に集まったみたいでね。
それは「法」そのものであると。
このことが、「お釈迦さまとは何者なのか」「仏さまとは何なのか」という、仏の存在を問ういわゆる「仏身論」へと展開していくんだ。
それは今お話ししている「大乗経典」と密接に関わる非常に重要な考え方。
次回にお話しするよ。
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<よければこちらも!補足コーナー>
部派と大乗の関係について?
当然全てを否定するものではない。共に仏を目標としており踏襲したところも沢山ある。僧団の中において共存していたとする説もある。小乗という言い方ではではなく、部派仏教や上座部仏教という言い方がいいのでは。