きくおうさん

前話のまとめ
○前回のテーマ
「中国仏教の特徴を知りたいゾウ!」

・中国の仏教受容における3つの特殊性
①儒教や道教と思想的にも政治的にも干渉し合い独自の発展を遂げる。
②幾度もの廃仏政策に対応する形で、念仏や禅などの実践を重んじる現実的な仏教が隆盛。
➂発展の事情を問わない経典流入による混乱→代表的な対応策=教相判釈。

⇒中国仏教成立の屋台骨である訳経僧にはどんな人がいたの?←今回はここじゃゾウ。


第二十一話「訳経僧の活躍を知りたいゾウ!」
注目ワード中国仏教」「訳経僧

今回はお経を翻訳した中国のお坊さんたちについてお話ししてくれるんだよね?

うん、中国仏教史は翻訳の歴史だと言う人もいるくらいでね。
実際、中国仏教史の教本を見ていると半分くらいは訳経僧のことについて書かれているし。

とっても大事なところなんだね!
どんな人がいたの??

うん、沢山いるから代表的な訳経僧を順々にお話ししていくね。


地図(国名、シルクロード、西域国旧名、ルート、タクラマカン砂漠?)
大唐西域記から見られるルート。その経路に仏跡があるので概ね正しいのでは。
→シルクロードから仏教中国へ。その後に訳経僧の話し。

このくだりが終わったら次は「翻訳僧の歴史」「宗派の誕生」と続く?

P2~7
・仏教伝搬と仏像(仏像 紀元前1世紀末から紀元後一世紀末にかけてガンダーラ或いはマトゥラーにおいて成立?)
・中国の元々の思想。儒教や道教。陰陽五行説。そこにどのように受容されたか。
・玄奘(602~664)が7世紀前半にインドを目指した。『大唐西域記』にルートが記されており、おおよその仏教伝搬ルートが分かる。ルート上に仏教遺跡や仏像があることもそれを補足する。
P8~10
○仏教移入について
キーパーソン
↓史実しては不確か
後漢の明帝(位57-75)が天竺より摂摩騰竺法蘭を招請し、二人は『四十二章経』を携え白馬に乗って洛陽に来たというもの。『高僧伝』「白馬寺伝説」より。
他、劉英、伊存、張けん
↓史実として語られる『高僧伝』より
<後漢末>
安世高あんせいこう
支婁迦讖しるかせん(147?~186?)
→般若経などの大乗仏教を翻訳。中国に初めて大乗仏教を広めた人?
竺仏朔じくぶっさく
安玄あんげん
厳仏調ごんぶっちょう(中国人初の出家者)
<三国時代>

<西晋・東晋時代>

・格義仏教
老荘思想を媒介として「空」思想を理解
釋道安(314-385)→仏教の教義は仏教経典によってのみ理解すべきと主張→各義仏教を否定→中国仏教の方向性が変更
鳩摩羅什 偉大な翻訳家であると同時に偉大な教育者。優秀な弟子多数。中国仏教発展に大きく寄与。
仏駄バサラ(359-429) 『華厳経』の翻訳
曇無シン(ドンムシン)(385-433) 『涅槃経』を翻訳
四大翻訳家
廃仏
国家宗教としての仏教

涅槃学派 慧観
五時教判 涅槃経こそ究極の教え

禅や浄土教(曇鸞476-542?往生論註)

隋代(6世紀~)より国による仏教保護が進む

三論宗 吉蔵 空
天台宗 智顗 五時八教
法相宗 基 唯識。日本でも奈良・平安時代において最大学派の一つ。
浄土教 末法思想。北周の武帝による破仏などもあり実感。時期相応の仏教として勃興。曇鸞、道綽(聖浄二門判)、善導(古今楷定)
華厳宗 法蔵
律宗 仏教伝来とされるBC2世紀から200年以上経過しても未だに中国には正しく戒律を受けた者はいなかった。→249年~253に中国にやってきた曇摩迦羅(どんまから ダルマカーラ)が中国僧たちに戒律を普及。続々と律蔵が翻訳。『十誦律(説一切有部)』『四分律(法蔵部)』『摩か僧ぎ律(大衆部)』『五分律(化地部)』。この4部の「広律」が訳出された5世紀以後に戒律に基づく教団が形成。戒檀(受戒を受ける正式な場。10人の証人が必要)。戒体。
密教
禅宗 菩提達磨 馬祖系の臨済宗、石頭系の曹洞宗へと分流。公案禅、只管打坐と言う形で現在まで継承。

三蔵法師・玄奘(602?-664) 唐代。著作『大唐西域記』玄奘以前を旧訳、以後を新訳と言い讃えられた。
古訳・旧訳・新訳 鳩摩羅什と玄奘という二大翻訳家を中心に形成された視点
中国人が自らインドに赴き、大規模かつ体系的な翻訳を展開したのは玄奘が最初。しかも翻訳を国家事業として組織的に訳文の再検討をした。

僧伝資料 『高僧伝』

儒教 孔子 三コウ(父子・夫婦・君臣)、五常(仁・義・礼・知・信)。仏教と儒教の交渉(お坊さんも学ぶ P111~)。「仏教の出家は家を途絶えさせる」「皇帝に礼拝すべきではないとする僧侶は忠に反する」「僧侶の服装は礼に反する」。「神滅不滅論」。『父母恩重経』
道教 老子 神仙思想。無為自然を中心とする道家思想。呪符。陰陽五行説。巫術。
儒・仏・道は中国の歴代皇帝により優遇される順序が異なり、しばしばその序列次第で弾圧や粛清が執行された(P113~)。

五代十国から宋代にいたると独立した教団は天台宗、華厳宗、禅宗ばかりとなり、他の教学は兼学されることが一般的となった。 

中華人民共和国建国(1949)。マルクス主義「宗教は人民のアヘン」。文化大革命(1966-1977)で多くの寺院や仏像が破壊。

敦煌文献

・中国土壌の思想、儒教や道教と仏教の交渉。各義仏教。「神滅不滅論」。『父母恩重経』。

・中国仏教は翻訳の歴史。四大翻訳家。お経と翻訳家、年代、ルートの情報。古訳・旧訳・新訳 鳩摩羅什と玄奘という二大翻訳家を中心に形成された視点。高僧伝。大唐西域記。

※仏教伝播と仏像の関係はコラムのコーナーに?